水神の生贄 第11巻【完】

著:藤間麗 先生

「私の神の力はこれから益々弱まっていく
だろう。だが…尽きて消えてしまう前に
おまえを元の世界に帰す。異論は認めぬ。
…だから……それまで私と共に居てくれ。」

そう言って水神様は、何かするでも
なくその時が来るまでの間、ただ
有紗陽と共に過ごすことを願った。

帰る覚悟を決めてから、有紗陽は
この世界で思い出を作ろうとする。

会いたい人にも会った。月彦には前に
の世界で手に入れた彼の母親の写真を
ロケットペンダントに入れて渡した。

水神様と翠葉流と一緒に川で魚を捕る。
最初は見ているだけだった水神様だけど、
2人に巻き込まれて彼は水浸しになった 笑

楽しそうに笑う有紗陽と翠葉流を見て、
水神様はこれまで見せたことのなかった
ずいぶんと嬉しそうな笑顔を見せた。

こんなふうに笑ってくれたことが心から
嬉しいのに、ちょっと泣きそうになった。

せっかくこんなふうに笑ってくれるように
なったのに、消えてしまう、じきお別れ。
有紗陽だって今はただ楽しい時間を共に
過ごせるようにと辛いことはなるべく
考えないようにしていたんじゃないかな?
そうでなきゃ‥辛すぎてきっと笑えない。

本当にあと少しで終わってしまうのか‥

ずっと考えていたのかもしれない。
翠葉流は有紗陽が帰ってしまう前に
気持ちを伝えたかったんだろう。

「君が好きだよ、有紗陽。…君
の心が…魂がどこに在っても。
君は僕の、初恋だから。」

有紗陽はそんな想いにも言葉
にも応えることはしなかった。
もしかしたら断ったのかもしれない
けど、その描写はされてなかった。
ただ涙を流し水神様の元へ走る。

ずっと堪えていたけど、やっぱり
伝えなきゃと思ったんだろうね。

有紗陽の言葉に、想いに、水神様は
何か言葉を返すことはしなかった。
ただキスをして‥そして涙を流す。

「……すまない。」

最後に一言だけ、そう口にした。
今どんな言葉を口にしたって、自分は
もうじき消えてしまう存在だから。
それを悔しい、苦しいと思っても
神ですらどうにも出来ないんだろう。

この時水神様の手が水のように歪む。
もう彼は形を保っていられない程に
神の力を失ってしまったんだね‥。

覚悟を決めたはずだった。
神様達に見送られながら、
あの湖までやってくる。
湖を通して、元の世界に
帰れるようにするようだ。

一緒に帰ることにした黒瀬も
共に湖までやってきていた。

最後まで、優しい表情を見せる
水神様、そんな彼を見て有紗陽は
彼の死が怖くてたまらなくなった。

「私を食べて。」

そう言って彼に近づくと、水神様は
自分ではもう制御できない様子で体が
有紗陽をくらおうとしてしまっていた。

それでいいんだと、一つになろうと
水神様に食われようとする有紗陽の
手を掴んで引き止めたのは翠葉流。
そうして有紗陽が放心している
間に、有紗陽を湖に落とした。

彼女を見送るように湖の中に入った
水神様は、もう半分ほどただの水の
ように溶けてしまっていた。お別れの
とでもいうように、最後にキスをした。

きっとこの後黒瀬も湖に飛び込んだ
んだろうね。2人は無事元の世界へ。

無事帰ってこられたことは
よかったのかもしれない。

でももう有紗陽が泣いても雨は降らない、
本当に切れてしまった。もうあの世界と、
水神様と繋がっていない‥ただの元の
世界に帰ってきてしまったんだよね。

やっぱり、そんなの辛すぎるよね。
もう、あの世界のこと、水神様の
こと何もわからなくなってしまった。

あのまま消えてしまったのか、それさえも。

多分有紗陽とのお別れの時、水神様は
消えてしまったんだと思っていた。
でもあの世界にはまだひたすら有紗陽
を想っている水神様の意識があった。

自分でも現状を把握できていない様子の
水神様だったけど、確かに、彼はまだ
水の泡のような形と意思を持っていた。

常闇の闇の中、黄の国に彼は現れた。
他の神々達もわずかなその可能性を
考えて、常闇を封じた結界を解いて
まで、もしもがあったら知らせる
ように話をつけていたようだった。

「私たちの力であの子の世界へ送るわ。」

彼の幸せを望みたいと、神々たちは
考えてくれたようで、もし個として
意識が残ったようなら、あの世界へ
送ろうと考えていてくれたのかもね。

「是非もないこと、感謝する。」

こうして、水神様は有紗陽達が
いる世界へ送られることになった。
どうか、2人が巡り会えますように。

水の一部となって、水神様は無事
元の世界とは違う世界に辿り着けた
ようだった。ただ、そこで暮らす
人々の様子から、有紗陽が生まれる
よりずっと前の時代だったと思う。

彼はしばし、眠りについた。
有紗陽を想い、これまでの有紗陽
や翠葉流達とのことを思い出した。

今になって気付く、酷いことをして
しまったなと後悔することもあった。

彼女の想いに「愛している」と答える
ことすらしていなかった、会いたい、
想いを伝えたいとひたすら彼女を想う。

まるで夢を見るように、いろいろな
思いを巡らせ続けて数百年経ったか、
水も汚れ彼の意識も遠のいていった。

そのまま消えていくのだろうかと思った
矢先、水神様は有紗陽の気配を感じる。

有紗陽がようやくこの世界に生まれた。
水神様は空から降る雨に混じって落ちる、
少しでも有紗陽の側に行きたいと願って。

そうしてようやく、有紗陽の家の
小さな池の中に辿り着けたみたい。

すぐそばにいるのがわかっている。
でも自分の存在に有紗陽は気付かない。

どれだけ呼びかけても、まだ幼い
彼女は自分に気づいてくれなかった。
そうして、おそらく水神様の意識が
そうさせたんじゃないだろうか。
跳ねた池の水に捕らえられた有紗陽は
あの別世界へ連れて敷かれてしまった。

きっとこれは、有紗陽が辿った歴史。
初めに有紗陽があの世界に行って
しまったのは何か不幸な偶然かと
思っていたけど、きっと時を越えて
この世界にやってきていた水神様の
想いの影響だったのかもしれないね。

でも彼はまだ気が付いていない。
有紗陽があの世界に行ってしまった
こと、ようやく見つけた有紗陽を、
彼はまた見失うことになってしまう。

有紗陽がいなくなってからもずっと、
水神様はあの池から有紗陽を想った。
弟の陽輝が生まれてからもずっと。
幼い頃の陽輝は、池の中から有紗陽と
呼ぶ声を聞いたことがあったらしい。

そうして一度またこの世界に有紗陽が
戻ってきてからも水神様は池の中で
有紗陽が気付くことを願い続けた。

あの頃有紗陽が見た水の中にいる夢も
水神様との思いが2人を結びお互いに
見ていた夢だったように思えた。
そうして有紗陽が水神様に会うために
もう一度池を通してあの世界へ行く。

相変わらず、池の中の彼の存在には
気付かない有紗陽だけど、水神様の
方は今の現状をようやく把握した。

(ははは、そういうことか。そなたは
私に会いに行くのだ。私に喜びや
愛を与えに行くのだ。ではどうか、
確かに愚かな神に与えておくれ。
ここで無に還ろうとも私は幸せだ。)

そのまま彼はまた眠りについたのか、
有紗陽と黒瀬がこの世界に帰ってきて
以降池も水神様も随分静かになった。

そんなある日、陽輝が有紗陽に昔
の出来事を少し教えてくれたんだ。

「あの池さ…庭の池……おれに姉ちゃん
がいるって知らない頃声がしたんだ。

“有紗陽”って。だからすっげー
怖くて…!嫌なかんじしたんだけど!
誰かおまえのこと呼んでるの?」

そんな話をされた直後、微かな風が
吹く。家の方からだったのかもね。
学校に行く途中だった所を有紗陽は
家に引き返し池に手を入れて呼ぶ。

「ここに…居るの……水神様。」

そうして差し出された手に、水神様は
無意識かのように手を伸ばし繋いで、
そこでようやく、追いついたのかも。

有紗陽の生きる世界と、水になって
しまった水神様が現れた世界の時が。

もう神の力など残ってなかったろうに、
彼はまたあの水神様の姿形で現れた。
今度こそ、有紗陽の目に彼が映った。

「…随分と待ったぞ。」

「…待たせてごめんね。」

「---よし、では
妻になってくれ。」

ようやく‥ようやく巡り会えた !!!!
随分と長い時間がかかってしまったけど、
ちゃんと同じ想いを抱えた2人がまた
無事巡り会えた‥奇跡が起こったよ。

神と人の恋、彼はこれからどんなふう
に生きていくのかもわからないけれど、
少しでも長い時を、2人が共に幸せに
生きていけることを心から願います。

~ひとこと~

お‥終わってしまったあ‥ (泣)
とっても素敵なお話でした !!!

やはり藤間先生のお話すごく好きです。
以前も他の物語をレビューさせて頂いた
ことがありましたが、今回の水神の生贄
は前回以上に素晴らしかったと思います。

ちょっと説明ばかりが多くなってしまい
申し訳ないですが、本当に素敵なお話
だと思うので、ぜひぜひ単行本や電子
書籍をご購入の上読んでいただきたい。

紹介できていない部分も素敵なお話は
たくさん詰まっています。また、本編
とは繋がりのない「ゆるふわ水神様」と
いう番外編‥?もとっても可愛らしくて
癒やされるお話が詰まっておりました。

このレビューを通して、少しでもこの物語
の魅力をお伝えできていることを願います。
お付き合い頂きありがとうございました。