著:藤間麗 先生

庭の方から、『有紗陽』と
名前を呼ばれた気がした。
水神様に名前なんて呼ばれた
ことがないのに‥そう思うのに
眠っているといつも夢を見る。
足元に水、少しずつ深くなって、
気がつくとその少し先には人影。
そんな日々が続いていたある日。
有紗陽は失踪者一覧を見ていた。
そうして考える。有紗陽と同じよう
に突然別世界へ行ってしまった女性、
月彦の母親・谷名木総合病院で働いて
いた真野優希という女性のことだ。
月彦のこと、その母親のことを
思い出そうとした時‥その記憶は
不思議なくらい鮮明に思い出された。
水底から、水面に浮かび上がって
来るかのような不思議な感覚だ。
これもきっと水神様の力だろう。
その病院に行って、彼女を知って
いるという先生が彼女が写っている
写真をもらって有紗陽は帰ってきた。
特に何かがわかったわけではない。
調べてみて、どうしようと思った
のかもわからないけれど、有紗陽は
ただあの世界と繋がっているという
ことを感じたかったのかもしれないね。

ずっと戻りたいと思っていた元の世界。
でも突然戻ってきてしまったから、
お別れも言えないままだったから
どうしてもあの世界のことを考える。
「…お母さん…私がまたいなく
なったら…悲しいよね。」
有紗陽の突然のそんな言葉に、有紗陽が
消えてからずっと苦しんできた母親を
思って陽輝はすごい形相で姉を止める。
「会いたい…人たちがいるの。
お別れも言えなかった。」
でもそんな有紗陽と陽輝を抱きしめて
お母さんは随分優しい表情をしていた。
有紗陽がどこかで一人ぼっち辛い思い
をしていたら、怖い思いをしていたら。
ただただ有紗陽が心配だったんだろう。
有紗陽のお母さん‥すごいよね。
人だもの、きっとそれ以外にも
たくさんの思いがあったと思う。
でも彼女はただただ娘の幸せを、
想いを優先させたいと思うんだね。
この日も有紗陽は夢を見た。足元
の水‥湖のように広がったその先
にいる人影の正体は水神様だった。
話しかけようとしても声が出ない。
(お願い呼んで、私を。
みんなに…あなたに会いたい。)
大切な家族があって、やっと帰って
来てくれた娘を両親は大切に思う。
陽輝だって、複雑な思いを抱えてる
みたいだけど姉を大切にしてくれた。
良い家族なんだろうなって心から思う。
それでも有紗陽はただ彼に会いたいんだ。
水神様のもとに、戻りたがってるんだね。

こちら側の世界では、水の巫女と
言われる有紗陽がいなくなって
雨が降らなくなってしまったと
大王の立場が危うくなっていた。
「水の巫女を呼び戻さなければ
水の加護を失ってしまいます。」
「国の王たる威厳をお示しに
ならなければ民からの信頼も
失ってしまいましょう。
どうか水の加護を…。水の巫女
を取り戻してくださいませ。」
神でも何でもない幼い少年である
大王に求めるには重すぎることだ。
この話の裏では、例の巫女が動いて
いて、水の巫女はどこかに隠されて
いると考えた巫女がそれを呼び戻さ
せるために考えた策だったようだ。
狐雅彦は自分の目的を果たすためと
巫女に協力しているが、巫女の妄執
にはついていけてない様子だった。
さてね‥大王はどうするんだろう。

木の神は一連の出来事を見ていて、
翠葉流や水神様に助言をしてくれる。
彼女は人間が好きなのかもしれないね。
「水の神を知っているでしょう?
かの神に助けを求めないの?」
翠葉流がまだ幼い頃に、人の姿に
化けた木の神とは会ったことがある。
でも正体には気づいていないだろう。
翠葉流は、有紗陽が大切でを守りたい
のに自分には出来ないことの方が多く
それを容易くやってしまう水神にだけは
頼りたくない‥悔しかったんだよね。
「すこーし雨を降らせるだけよ。それ
だけでたくさんの人間が救われるのよ。」
なぜ人間のためにそんなことを、という
態度を取り続けていた水神様だったけど
「あなたも学んだのではないの?失敗を
繰り返して後悔をしたのではないかしら?」
翠葉流も水神様も、それぞれに思うことは
あったかもしれない。断固として頼ろうと
しなかった翠葉流にも気持ちの変化があった。
「おまえなぁ、なんでも一人でやる
気か? おまえに救えないもんなんか
山ほどあるだろうが。救えるやつに
救わせて何が悪い。それで守れるなら
失うよりよっぽどいいじゃねぇか。」
そう言ってくれたのは真鳥だった。
翠葉流なりの必死の決断だったろう。
「一度だけでいい。明日大王が雨乞い
の儀を行う。そのときだけでいい。
雨を降らせてはくれないだろうか。」
水神様がそれを叶えてくれるかは
わからない。叶えてくれない可能性
の方がずっと高いかもしれない。
それでも、今翠葉流に出来る精一杯
のことがそれだったのかもしれない。
そして雨乞いの儀当日‥
もちろん雨は降らず、大王は
責め立てられることになった。
そこに現れたのが水神様だった。
決して翠葉流のためではない。
ましてや苦しむ民のためでもない。
全ては有紗陽のために、水神様は
大地に恵みの雨を降らせてくれた。
有紗陽を思って元の世界に飛ばして、
彼女がいない今もまだ彼女のために
なら力を振るおうとしてくれるんだね。

ムラでの出来事、断片的ではある
けれど有紗陽にはずっと見えていた。
グラスに入った水、洗面台に溜めた水、
庭の池の水にも‥ずっとあの世界が映る。
もう家族を悲しませたくないのに、
忘れたい、忘れなきゃと思うのに
どうして見せ続けてくるのか。
そうやって有紗陽はずっと苦しんでいた。
家族を大切にしたかった。でもその水中に
水神様を見て‥有紗陽は堪えきれなくなる。
「ごめんね……ごめんね陽輝。」
そう言って池の中に有紗陽は飛び込み、
水を伝って有紗陽は戻ってきた。
水神様のいるこの世界に戻ってきた。
ただただ、水神様に会うためだけに。
(なんだ、なんだこれは。どうしたら
いい。叫び出したいほどの。そうか
これは、これが。喜び。)
驚きとか、いろんな思いがあったろう。
でも水神様は有紗陽が帰ってきてくれて
嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
心なんて、気持ちなんてほどんど
持ち合わせていなかった水神様が、
有紗陽と出会い関わって変わった。
戻ってきたことが良かったのかは
正直まだわからない。有紗陽の家族は
またひどく悲しんでいるかもしれない。
でもやっぱり良かったって思いたい。
おかえり、有紗陽。
水神様は嬉しい気持ちを抑えきれずどう
したらいいかわからず、大雨が降った。
大王に対する民の信頼も高まったみたい。

帰ってきてくれた有紗陽に対して、
もちろん嬉しい気持ちはあるのに
あれだけ会いたがっていた家族を
また残してきてしまったんだろう。
帰ってきてほしいなんて思って、
今の現状を喜んでしまうことに
後ろめたいと翠葉流は感じていた。
「考えても仕方ないの。
だから…また会えて嬉しい。」
後ろめたさは消えないかもしれない。
有紗陽の中にだって家族を思う心は
決して消えないだろう。でもその上で、
有紗陽はここに来ることを選んだんだ。
この世界で生きる道を選んだんだろう。
突然元の世界に飛ばされた有紗陽は、
水神様に対して怒る気持ちもあった。
怒っているのに、それ以上にあなたに
会いたかったという想いが強すぎたね。
水神様、いまいち怒られている
という実感がわかなかった 笑
「…それで水神様は!私が
いなくなってどうだったの。」
それに対して、有紗陽が想像も
してなかった答えが帰ってきた。
同じ想いを感じるようになったんだね。
水神様、ほんとたくさん変わったんだね。
これからのことはわからないけど、
きっと少しずつ良い変化が出ている。
辛いことも多いかもしれないけど、
それでも誰よりそばにいたい存在と
一緒にいられるなら幸せかもしれない。

いろいろと慌ただしかったけど、
ようやく落ち着いてきたと思ってた。
でもそう簡単には終わらせてくれない。
例の巫女、そして彼女が頭を下げる
ような‥そんな男の人が現れる。
ムラで巫女を見つけ、不安になり
ながらもそばに水神様がいるからと
巫女を追うと、どんどん人気のない
方へ向かっていってしまって‥
そこで、有紗陽の前にその男は現れた。
彼は人間だというが、水神様のことが
見えていた。その理由はすぐに分かる。
突然、彼の足元の影が伸び有紗陽の足に
巻き付き、闇の中に引きずり込まれた。
水神様の力ではどうにも出来ないまま、
有紗陽は気がつくと真っ暗闇の中にいた。
その男は常闇と名付けられた闇の神と
共にいた。この男の悪巧みに完璧に
巻き込まれてしまったという状況。
常闇は、暇つぶしで彼の行動に
付き合っているなんて言ってくる。
この男の有紗陽への要求は仲間になる
こと、それを受けないと帰さないと
言われてしまう。そしてこの闇の中には
水神様のような他の神は入ってこれない。
真っ暗な闇の中、何の助けも呼べない
この場所で閉じ込められてしまった。
「たまにここに人間を迷い込ませて
遊ぶんだ。それでみんながここを
なんて呼ぶか知ってる?黄泉国。」
黄泉の国と呼ばれたこの場所には、
ミイラのような、ゾンビのような、
すでに普通の人ではなくなってしまった
ような者達が地を這いずり回っていた。
そんな恐ろしい場所にただ一人。
有紗陽‥大丈夫なんだろうか。
要求を飲むわけにはいかない。
悪さに加担はしないだろうけど、
どうやってこの場所から出るのか。
~ひとこと~
お久しぶりの水神の生贄です。
気がついたら完結してました。
レビューが遅くなりすみません。
毎週続けて最終巻までレビューさせて頂き
ますので良かったらお付き合い下さい。
有紗陽はほんといろんなことに次から
次へと巻き込まれてしまって大変だ。
でもこれまでは水神様の力さえあれば
なんとか出来るような内容だったけど
今回ばかりはそうもいかなそうです。
それに常闇は話せばわかるような
存在でもなさそうだし‥厄介だ。
有紗陽が早くあの闇から抜け
出せることを心から願ってます。
では、また次巻で !!