著:都戸利津 先生

ある日‥怜央は倒れた。
脱水と軽い熱中症らしかった。
目を覚ますとそこには見知らぬ大人。
松井信治、松くんのお兄さんだった。
近所に住んでいて、透介が困った
時には呼ぶようにと言ってくれてた
ようで今回も透介が連絡したんだろう。
きっと透介のことだから、テキパキ
動いて応急処置なんてできなかった
と思うけど、それでも怜央のために
信治さんに聞きながらできることを
一生懸命やってくれたようだった。
怜央のこと、ちゃんと大事だからこそ
頑張ってくれたんだと思うし心配して
グズグズに大泣きしてたんだけどね。
でも怜央はそんなことよりも、自分は
邪魔者でここに必要のない存在だとか
悪い方にばかり考えてしまうから安心
して喜んでいいとこに気づけないんかな。
そういうの、ちょっと寂しいな。

怜央は子供らしくない、可愛くない
と言われて親に愛されずに育った。
そんな自分と違ってガキくさい透介は
きっとたくさん愛されて育ったんだろう。
怜央は勝手に、そう思い込んでいた。
でもある日、長袖で隠されていた
透介の体にたくさんの傷痕や火傷の
痕があるのを見てしまうことになる。
「幸博さんじゃないよ、幸博さん
はおれを叩いたりしてないよ。
幸博さんは叩かないしいい人
だから彩佳さんは大丈夫だよ。」
幸博さんってのは母親の再婚相手だ。
これらの痕をつけたのは幸博さんじゃ
ないからお母さんは大丈夫だよって、
怜央が母親を心配してると思ってか
真っ先に透介はそれを口にしていた。
でも怜央は、母親のことを思い出しも
しないくらいに頭の中がぐちゃぐちゃ。
透介はちゃんと可愛いのにどうして
そんな透介を嫌うんだって気持ちや、
そういえば透介と知り合ったばかりの
頃は自分も透介を見下してバカにする
ような気持ちを持ってたなってこと。
ガキくさくてもいつだってまっすぐで
一生懸命で優しい透介を怜央は知ってる。
でもそんな怜央を愛さなかった大人の
気持ちも自分は知ってたと気づいて‥
いろんな気持ちがぐちゃぐちゃで
もう自分がなんで泣いてるのかさえ
わからなくなってたかもしれない。
その痕をつけたのは、透介が中学の頃
に事故で亡くなったという両親だった。
両親の死をきっかけに、透介は親戚で
ある幸博さんの養子になったらしい。
幸博さんのところに行ってからは
たくさん愛してもらえただろうか。
愛してもらえたから、今の優しい
透介がいると思っていいだろうか。
同情とか、そんなことをする大人に
対する怒りとか、そんな経験をした
のに人にこんなに優しくできる透介
に対する尊敬だとか、きっと今まで
たくさん頑張ってきたんだろうなって
気持ちとかで、私も泣きそうだった。
今の透介は幸せだろうか?
幸せであってくれたらいいな。
その幸せの理由に、少しでも
怜央も含まれてたら嬉しいね。

透介の前で泣いてしまったあの日
から、怜央はまるで自分が醜い存在
であるかのように透介の優しさがを
苦しいと感じてしまって、透介の
そばにいるのがつらそうだった。
そんな状態だけど、怜央が透介の
家で一緒に過ごすのも残りわずか‥
怜央が透介のところで過ごすのは元々
夏休みの間だけで、その後は母親から
連絡をもらってた進藤さんってお宅に、
一先ず小学校を卒業するまでの半年間
ホームステイさせてもらう予定だ。
このまま透介のところにいたら
迷惑になってしまうだろうからと
たとえ進藤一家がどんな人でも怜央は
行くつもりでいたけど、会ってみると
進藤一家はとてもいい人そうだ。
顔を合わせ、次の日からすぐに
お世話になるという話になって
透介と過ごすのは最後になった。
最後は一緒に外食、怜央の好きな
ものをと透介は言ってくれたけど
好きなものも嫌いなものもなかった
怜央の頭に浮かんだのは初めて透介と
会った時食べたオムライスだった。
一緒にオムライスを食べながら考える
のは、もっとこーすればよかったとか
こんなことをしてあげたかったとか。
もっといろんなことを話したり、
やってあげたいことがあったって
もうできなくなってから思った。
優しくされるのが苦しかったのは
きっと優しさに慣れていなかったから
それに対してどうしたらいいかわからず
何もできなかったからかもしれない。
もっと早く、同じように優しく
したり大切にすればいいんだと
気づけたら違ったのかもしれない。
いろいろ思ったし、後悔したし、
伝えたいこともたくさんあったと
思うけど‥最後まで怜央は言葉で
伝えることができなくて‥翌日、
お礼だけ伝えてさよならをした。
気持ちがいっぱいあればあるほど、
それを言葉にするのは難しいよね。
今はできなくても、いつかまた
透介に伝えられる日が来たらいいね。

進藤家に来て、怜央が思い描いてた
通りのホームドラマみたいな生活で‥
最初の顔合わせの時は進藤夫婦2人だけ
だったけど、一人息子で高校生の圭も
すごくいい人‥一家全員いい人だった。
それでも、怜央は透介のことを忘れる
どころかことあるごとに考えるように
なってしまっていて、ガチャガチャで
透介の好きなもこちゃんの小さいのを
見つけた時は回してしまうほどだった。
しばらく生活した後、中学校以降も
うちで暮らさないかと言ってくれて、
とてもありがたいことなのにすぐに
返事できなかったのは、怜央の中で
ずっと引っかかることがあったから。
ずっと考えてしまう、透介のことだ。
ある夜外は大雨で雷も鳴っていて、
家に一人でまた泣いてるんだろうか、
誰か透介のそばにいてやってくれよ‥
そんなことを考えたら、これから先も
雷が鳴るたびこんなふうに苦しくなる
のかと想像したら‥つらそうだった。
(何不自由ない進藤家を出て透介の
とこにいたいなんて言える訳ない。
だって無理じゃん。迷惑じゃん。
失礼じゃん。そんなガキみたいなこと
言えないのは俺が子どもらしくないから?)
そんなふうに考えてしまう怜央だった
けど、それでもじっとはしていられず
翌日怜央は透介の家までやってきた。
ただ、もこちゃんを届けるために。
多分会うつもりはなく、玄関先に手紙
と一緒に置いて帰ったら進藤さん達に
これから先もお世話になりますって
返事をするつもりでの行動だった。
でもその日は、透介に会えてしまって
前日の雷で泣きはらした目を見たら‥
何も言うことはできなかったけど、
気づいたら駆け寄って抱きしめてた。
自分でも想像しなかった行動に後で
めっちゃ恥ずかしくなる怜央だけど、
小さいもこちゃんに大喜びの透介を
見てる怜央はやはり嬉しそうだった。
透介は相変わらず一人だとろくに
ご飯も食べていないことが判明して、
何か作ろうとするも冷蔵庫は空っぽ。
翌日材料を買って作りに来るなんて
提案をした後、「しまった」って顔を
してた怜央だけど透介は嬉しそうに
それを受け入れてお願いしていた。
翌日約束通りご飯を作って一緒に
食べて、帰り際に伝えた怜央の本音。
まだ心からの願いは言えてないけど、
いつもは迷惑になるって考えちゃって
言えないことも‥怜央はもしかしたら
透介にだったら言えるかもしれない。
これから先どんどん言えるように
なるかもしれないなと思った。
そうなったらいいなと、願った。

それ以降も、休みの日になると怜央は
透介の家に通うようになっていった。
ご飯を作って、一緒に食べて夕方には
帰っていく‥そんな日々でも怜央は
楽しそうだったし充実して見えた。
そんなある日、透介はこの先大学を
卒業して就職したらきっとこの家から
出ていってしまうんだと思いこんでた
怜央だけど、大学卒業後もずっとこの
家にいるつもりだという話を聞いた。
それでつい、
「俺も、俺もここに住みたい。」
無理なのはわかってるんでなんて
言い訳しながらも、これが本当の、
怜央が何より願った本音だった。
すると透介は残念そうに
「そっかあ、レオくんいたらいいのに。」
なんて言うものだから。
怜央のご飯が美味しいだとか
洗濯やお風呂忘れなくなるとか
雷の時一人じゃなくなるだとか。
怜央からしたらやっぱり自分じゃ
なくてもいいことだったようだけど、
怜央はちょっと嬉しそうな、すごく
優しい表情をしているように感じた。
そして‥きっと勇気いったしそれで
迷惑になったら申し訳ないとかいう
気持ちもきっと抱えてたと思うけど、
ずっと何より願ったことを伝えた。
そしたら透介は、嬉しそうな笑顔を
見せてうんって頷いてくれたんだよ。
(ずっと言えなかったことを
言えた。誰かの欲しがってる
答えじゃない、本当の俺の答え。)
ううう‥良かったねえ‥。
怜央が変わっていくのが、
嬉しくて泣きそうになった。

帰って、これから先どうするか
怜央は進藤家のみんなに伝えた。
自分でもそうしたい理由を怜央は
はっきりと言えずにいたんだけど、
「怜央、その兄ちゃん
大好きなんだな。」
圭にそう言われて怜央
自身が1番驚いてたけど、
それに納得もしていた。
「兄ちゃんといるのが幸せなん
だったらそれが一番じゃん。兄ちゃん
とこなら怜央ママと外国行くより
困った時すぐ助けてやれるじゃん。」
圭がそう言ってくれたことで、
心配してくれてた進藤夫婦も
納得してくれたようだった。
相変わらず甘えるのが下手な怜央
だったけど‥圭はこれまでも何度か
こうやって怜央に優しさの受け取り
方を教えてくれたような気がする。
ほんと‥どこまでも良い家族、
みんなすっごく素敵な人ばかり。
こんな素敵な家に怜央を預けようと
考えてくれた母親にお礼を伝えると
母親は電話の向こうで泣いていた。
これまでメールでは何度もやりとりを
していたけど、電話で、それもお礼の
言葉を伝えたのは初めてだったろう。
母親としていろんな後悔や申し訳無さ
気まずさみたいなのはあったと思う。
それでも大事な息子のことだから、
怜央が幸せでいられるようにって
母親なりにできることを一生懸命
しようとしてくれたんだろうね。
この、母親と怜央の間にはずっと
見えない壁があるように感じてたけど
この2人も少しずつ打ち解けられる
ようになるんじゃないかなと思った。
怜央が変わっていけば、きっと母親
だって少しずつ変わっていけるから。

それからは、学校が休みの日には
怜央は透介の家に行くようになった。
透介が忙しくて会えない日もあった
けど、怜央にとってはそういう日も
含めて充実していたように思える。
無事小学校を卒業して‥ちょっと
寂しそうな進藤夫婦と相変わらず
明るい圭に見送られ電車に乗って‥
今日からまた、透介の住むあの家
での生活が始まることになった。
(この家は今日から俺の家になる)
最初のご飯は、透介が好きだと言ってた
具をたっぷり入れたオムライスを作った。
怜央が食べるオムライスには透介が、
透介が食べるオムライスには怜央が
ケチャップで顔と名前を描いていた。
きっと『とうすけさん』って書こうと
したんだけどスペースが足りなくて
「すいません呼び捨てになって…。」
透介でいいのにって言ってくれたけど
どうにも慣れずに渋る怜央だったけど、
「でもレオくんは弟だからお兄ちゃん?」
そう言われて‥想像しただけでも
いろいろと無理だったっぽい 笑
心の中ではしょっちゅう『透介』って
呼んでた気がするけど、口に出して
呼ぶのは初めてのことでやはり照れる。
返事をしたのは‥透介じゃなく
オムとうすけの方だったけど 笑
そしてレオくーんって呼びかけに
返事したのもオムレオくんでした。
ツッコミ入れながらも乗っかる怜央は、
空気を読んだのか透介に影響されたのか
わからないけど普通に可愛い子供だよ。
この、都戸先生の描かれたお話でたまに
あるこういう可愛い描写が大好きです。
ものすごくほっこりして心温まる感じ。
この後食べたオムライスは、どこかで
ミスってたのか焦げてて苦かったけど、
それもいい思い出になるんだろうな。
きっとこれから先怜央は料理の
腕をどんどん上げてくと思う。
だって、透介が喜んでくれたり
美味しそうに食べる姿が見たいから。
今後の2人の生活、楽しみですね。
~ひとこと~
うんうんうん‥良かったなあ‥。
2巻めっちゃ良かったです、ほんと
都戸先生のお話さいっこうです!!
個人的にですが進藤さんとこの圭が
すっごく好きなキャラになりました。
あまり紹介できてないけど、基本的に
お調子者みたいな感じなのにそれでも
大事な時は誰かのためにしっかり動いて
大事なことを言葉にして伝えてくれる。
すごく心強い存在に感じました。
この先出てくることがあるかわからない
けど、すごく好きだなあと思いました。
前に好きだった都戸先生の別作品で
ハマるきっかけとなったキャラとも
少し被るところがあって余計にかも 笑
紹介したい内容が多すぎて圭のこと
全然書けなかったので、この作品に
興味を持っていただけたらぜひお手に
とって読んでいただけたら嬉しいです。
あと電子版限定の描き下ろしも
めっちゃ良かったのでおすすめです!!
この先どうお話が進むんでいくかまだ
わかりませんが、ゆっくり彼らの今後を
見守っていけたらいいなと思います。